半島飯店
9月29日(日)。天気は今日も薄曇である。ホテルのそばの麺家(ミンガー)で軽めの朝食。雲呑麺=15HKドル(約240円)は、細く硬めの麺でスープはあっさり系。ワンタンはジューシーで美味しい。
彌敦道(ネイザンロード)を南へ。まだ朝だと言うのに通りを歩く人は多い。歩いていると、ここに1人あちらに2人と立っている中央アジア系の男性が我々に声をかけてくる。
「ニセモノ、ニセモノ~、とけい~」
彼らは香港人と日本人の見分けがつくらしい。でも、こんな怪しげな彼等についていく日本人は何人いるのだろうか?
やがて右手に現れるのが、かの有名な半島酒店(ペニンシュラホテル)。ペニンシュラでお茶をしよう!というT朗の提案で、ペニンシュラホテルの扉をくぐる。こんなカッコで平気かな?と思ったが、ロビーには数人のショートパンツ姿の西洋人がみえる。
「お食事ですか?お飲み物ですか?」
和泉元彌似のボーイは日本語で話し掛けてきて、我々を席に案内する。朝食のピークが過ぎていたためか空席が多く、モーニングを食べる西洋人が数組いる程度。私はコーヒーを、T朗は紅茶をオーダー。銀製の食器類はいかにも高そうだ。
普段はあまりコーヒーを飲まない私だか、ペニンシュラで味わうコーヒーは格別。ポット内の全てを飲み、1日に数本しか吸わない煙草に火をつける。そして、装飾が施された吹き抜けの天井に向け煙を吐き出し、しばし高級な気分に浸る。
コーヒーと紅茶で95HKドル(約1500円)。やはり高級な気分に浸るにはお金がかかる。
続いて、ホテルの2階にあるトイレへ向かう。ブランドショップの並ぶ廊下の奥に入ると、トイレ内には真っ白い服を着たボーイがいる。トイレにボーイがいるとはさすが高級ホテル。とはいえ、表にボーイがいると思うと妙に緊張してしまう。
「あまり、変な音は立てられん」
用を終えて洗面台へ向かうと、ボーイは水道の取っ手をひねって、水の出し止め。ペーパータオルの取り出しまでしてくれる。これは、お金をかけずに高貴な気分を味わえる。でも、父親の様な年齢のボーイに、ここまでしてもらいチップを渡すのはちょっと複雑な気持ち。
スターフェリー
ペニンシュラを出て、スターフェリー乗り場のある天星碼埠(埠頭)へ。
ビクトリア湾に面した天星碼埠(埠頭)からスターフェリーに乗り、香港島の中環(ヅォンワン/セントラル)を目指す。
ここからは、中環行きと、そこから東に数kmいった灣仔(ワンジャイ)行きのフェリーが出ている。
フェリーに乗る前に、あたりをちょっと散策。周囲の広場には、大勢の女性がピクニックのように地面に敷物をしいて座り、おしゃべりをしたりお弁当を食べたりしている。
フェリー乗り場のそばにあるレンガ造りの建物は「旧九龍驛時計搭」。
昔、ここに九龍と中国の広州を結ぶ鉄道の駅があり、そのシンボルだったのがこの時計搭だそうだ。1978年に駅が移転し、現在は時計搭だけが残っている。
海が見えるところまで出てみる。
狭い海峡をひっきりなしに行き交う小さなフェリーや漁船らしき小船。時々、それらをかき分けるように大きな貨物船が横切って行く。
香港のシンボルとも言える緑と白のツートンカラーの船体は2階建て。前後に操縦席があり、ビクトリア湾のピストン輸送に適した造り。
船内にある木製の長椅子の背もたれは、パタンと倒すと座る方向が前後入れ替わるようになっている。これも、ピストン輸送向けの工夫だろう。
「尖沙咀~中環」航路は利用客が多く、フェリーは到着し乗客の入替が終わるとすぐに出航となる。乗船時間は10分程度で運賃は2.2HKドル。
2階席の一部は冷房席となっているが、せっかくなので香港の湿った風を感じることで出来る普通席に陣取る。
中環
セントラルと呼ばれるだけのことはあって、中環は香港島の、そして香港の中心地。綺麗で近代的な高層ビルが立ち並び、下層階はブランドショップなどが並ぶ繁華街。
見上げるとエアコンの室外機ばかりが目立つ古い造りのビルが多い対岸の九龍とはずいぶん違った雰囲気。フェリーを降りると、まず、ターミナル前の広場にたむろする女性達が目に入ってくる。
天星碼埠を遥かに上回る数100人規模の集団。これは一体?
干諾道(コンノートロード)に沿って、地面から4~5mの高さに造られた屋根付きの歩道を西へ。風通しの良いこの歩道上も、道幅半分にシートやダンボールが敷き詰められ、やはり女性達が楽しそうにおしゃべりや食事をしている。
彼女達を横目にさらに西へ西へと進むが、彼女達の帯は、なんと延々と1km近くも続いている。
数千人、いや数万人くらいもいるのかもしれない。この人達は、何をしているのだろうか?しかも女の人ばかりで、それに何となく顔も言葉も香港人っぽくないような感じもするし・・・。ここでカバンの中から「地球の歩き方」が登場。
日曜日になると(中略)広場一帯は、フィリピン人でいっぱいのリトル・マニラと化す。メイドや子守りとして香港で住み込みで働く女性達が、週に1度の休みに集まってくるのだ・・・とのこと。
半山區
女性達の行列の終点を見届けないままに、干諾道(コンノートロード)を離れて内陸方向へ。
半山區(ミッドレベル)と呼ばれる地区へと向かう。
海沿いの干諾道からひとつ内陸に入った通りはトラム(2階建て路面電車)と地下鉄の走る徳輔道(デボーロード)。これを横切って、ビルの谷間の狭い坂道を登っていく。
近代的なビル群は背後に遠ざかり、坂道の両側は庶民的な家や店が並ぶ町へと変化。その先の斜面には高層マンションが見え隠れする。
この辺りから荷李活道(ハリウッドロード)にかけては、狭い坂道の両側に生鮮食品や食材の店が多く並んでいて、活気に溢れている。
野菜、果物、干麺、調味料・香辛料などいろいろだ。魚屋の店頭ではカニやエビがうごめき、貝が水を吐き出している。
肉屋の店頭では、天井から吊るされた肉を大きな包丁でさばくのが見れる。床には、尻の穴をくりぬかれた豚が転がっている。
坂の途中の麺家(ミンガー)で昼食を摂り、坂を下って再び徳輔道に戻る。そこからトラムに乗り、今度は東へ向かう。トラムは、香港島の海沿いを東西に結ぶ2階建ての路面電車。
駅は数100m間隔で、道路の真ん中にあり駅名はたぶんない。トラムはひっきりなしに入ってくるがどれも混雑している。
料金は後払いで、どこまで乗っても2HKドル。2階に上がり、1番後ろに座る。すぐ後ろに後続の電車が続く。駅に停まると、後ろの電車の2階最前列に座るの人と距離は1m足らず。ちょっと、恥ずかしい。
緩やかなカーブでもガタガタと結構ゆれる。非常に重心が高そうな外観なので、何かあったらコケそうなほど不安定な印象。
銅鑼灣
トラムに乗ったは良いが、目的地を決めていなかった我々。揺れる車内を歩き、車両の中ほどに座っているT朗に話しかける。そろそろどこかで降りよう・・・と提案する。
窓の外に地下鉄の駅のマークと「そごう」が見えたので、ここで下車。
そこはトラムに乗った上環から東へ4kmほど行った銅鑼灣(トンローワン)。同名の地下鉄の駅の両側には、「そごう」と「三越」がある。これらには立ち寄らず、海の方へ向かう。
銅鑼灣には小さな船がたくさん停泊しており、水上生活者の姿も見える。なかには水上ホームレスと思しき小さく汚いボートもある。
一方、左手には高級ヨットクラブ。後ろを振り返ると、古いマンションと高層ビル。その谷間から「そごう」の看板が見える。
地図を見ると、ここからすぐ側の岸壁に午砲(ヌーンディガン)という大砲がある。これが、正午になると号砲を放つらしい。時刻は午後2時を回っていたが、そこへ向かう。
鉄柵に囲まれたその場所はすぐに判ったが、肝心の大砲は雨でもないのに青いシートに包まれており輪郭しか解からない。
午砲と通りを隔てた背後には、世界貿易中心(ワールドトレードセンター)がある。下層階はショッピングセンターで、上層階はオフィスと宿泊施設の様だ。上へ登ってみよう。
エスカレーターで上の階へ。上層階へのエレベーターホールには若い女性係員が座っていて、IDカードの提示を求められる。パスポートナンバー書き写し、通過。最上階はレストランと宴会場、会議室などであった。ここでも係員がいて「Member only」と言う。
それでも「観光だ」と告げると「Only here」と笑顔で部屋に案内してくれた。
そこは宴会が終了して片付け途中の宴会場。食器はなかったが、シミのついたテーブルクロスやバイキングの大皿はそのままである。窓からは銅鑼灣を見渡すことが出来る。
お礼を言ってビルを出る。世界貿易中心を通りぬけた「そごう」との間の裏通りは、若者をターゲットにした様々な店が集まっている。
地下鉄
夜はビクトリアピークから夜景を見る事に決めていたが、暗くなるまではまだ時間がある。歩きつかれた我々は、一旦、ホテルに戻ることにした。銅鑼灣(トンローワン)駅から地下鉄MTRに乗って海の下を通り、尖沙咀(チムシャツォイ)駅まで向かう。
「単行票」は、目的地までの普通の乗車券で券売機はタッチパネル式。八達通(オクトパスカード)と呼ばれる切符は、駅員のいる窓口「票務処」で買う。八達通はSuica(JR東日本)と同じでチャージ可能なプリペイドカード。タッチ&ゴーも出来るスグレもの。
しかも、トラムやバスなど複数の交通機関で使える点では八達通の方が進んでいる(この当時、日本の交通系カードは相互利用が出来なかった)。
香港では携帯電話の普及率が高く、イヤホンにマイクで会話をしながら歩いている人も多い。地下鉄内でも携帯電話が使える。平気で着信音も鳴るし、話しながら乗っているが、誰も気にしていない様だ。しかし、着メロには日本の様なこだわりも、16和音とか32和音なども無い様だ。みな単音で、メロディもクラシックであったり、季節はずれのクリスマスソングが鳴ったりしている。
T朗は先にホテルに戻り、私はちょっと寄り道をする。ホテル前を通り過ぎて、金巴利通りをさらに東へ。なぜかこの通り沿いには、婚礼衣装や結婚相談所らしき店が多い。
道は大きく左へ曲がり北へと向かう。やがて道路の右側に、私の目的地であったスーパーマーケットが現れた。免税店や空港では買えない香港産のお菓子や生活雑貨をお土産として購入するのが目的。
しかし、この私の目論見は失敗に終わる。以前、上海で入ったスーパーでは、日本製品のコピー商品の様な、安くて笑える雑貨やお菓子が多かった。実際、パッケージも中味も私の会社の製品そっくりなモノが売られていた。
ところが、考えてみれば香港は国際貿易港。お菓子などは、その多くが東南アジア産と中国産。雑貨は、日本のメーカーの海外向け仕様のモノが多く、弊社製品もあった。とりあえず、苦労して探した香港産えびせんべいと、中国産パイナップルクッキーを買ってホテルへと戻る。
ビクトリアピーク
ホテルでしばし休憩の後、スターフェリーで再び中環(ヅォンワン/セントラル)へ。そこからピクトリアピークを結ぶ「ピークトラム山麓駅」を目指す。
途中にある「皇后像廣場」は、まさにリトルマニラ。
日が傾き、周囲は薄暗くなってきているにも関わらず、植え込みや銅像の廻りなど所構わず座り込む圧倒的な数の女性達。彼女達のおしゃべりや笑い声のなかでは会話が困難なほど。
なぜかその中に、赤いターバンを巻いた背の高い男の人がいる。非常に目立つ。彼は一体ナニモノ?
ふと、その昔インタビューで「日本に来て驚いたことは?」と聞かれたデビュー間もないアグネス・チャンが、
「日本の公園には、たくさんのハトがいるのに、なぜ、食べられないのか?」
と答えたと言う話を思い出した。この公園にもハトの姿は全く見えない。食べられてしまったためか?それともこの人混みのせいか?
100万ドルの夜景を目指し、ピークトラムに乗る。
運賃は往復30HKドル。2両編成のケーブルカーで、傾斜した車内の座席は全て山頂方向に向かって座る様に造られている。通路は、立っている人が傾斜の変化に合わせて重心移動できる様に・・・かどうか分からないが波を打っている。
ピークトラムはケーブルに引っ張られて急勾配をグングン登っていく。斜面はどんどんキツくなり、車窓から見える建物が斜めになっていく。座席の背もたれに全体重をかけている感じだ。ヘッドレストがないので首が疲れる。
単線の線路は途中で一部が複線になり、上から来るトラムとすれ違う。途中に駅らしきものがあるが、それには停まらずノンストップで山頂駅へ。
三日月形の展望台を持つ山頂駅を出る。山頂駅といっても、ビクトリアピークの本当の山頂ではない。
闇に溶け込んだ山頂を見上げた開けた盆地のようなところに駅はある。駅前広場は駐車場になっていて、周囲に大きなレストランが見える。
駅前を後にし、山を登っていく。やがて右手に視界が開けると、ビル群の明かりが目に入ってくる。ここは、人も少なく静かで、海側から吹いてくる風が心地よい。
手前に見えるのは中環(ヅォンワン/セントラル)のビル群。その向こうには九龍半島のビル群が光を放っている。両者を隔てるビクトリア湾が、その明かりを映し出す。
香港の100万ドルの夜景は、海とビルとが造りだした光の三次元空間だった。
朝からの曇り空を引きずっているのか、それとも夜霧だろうか?それが街明かり全部を微かににじんで見せる。その場を離れがたい幻想的な美しさ。
しかし困ったことに、その小ささが香港での街歩きに最適・・・と、あこから借りてきたAPSカメラが不調で「夜景モード」や「フラッシュ停止」などのモード変更が効かない。
「きっと、撮れてないだろうな・・・」
と思いながら、たくさんシャッターを切ったものの・・・帰国後、プリントされた写真をみると、残念ながらどれも夜景はハッキリと写っていない。これで100万ドルの夜景を画像として残しているのは、唯一、ピークトラムの切符だけになってしまった。
でも、どんなに綺麗に撮れた写真よりも、肉眼で見る方が何10倍も素晴らしい(←負け惜しみ)。
我々は、さらに上を目指す。道の右側には将来は夜景の見える高級住宅になるであろう建物が建設中である。その建物を過ぎると街灯の数が減る。時折車が通るだけで、歩く人などほとんどいないクネクネと曲がった寂しく暗い山道となる。
あとで知ったが「地球の歩き方」には、「時折、物騒な事が起こるので、夜は行かない方が無難」とあった。
30分近くも歩いただろうか?実際の山頂は、もう少し上であるが「山頂公園」に到着。20台程度が停まれる駐車場には数台の車と、数人の男か何か積み込み(恐らく解体した屋台)作業をしている1台のトラック。
客はいないが明かりが眩しい小さな売店の脇を抜けて展望台へ。売店のテレビの音が小さく聞こえる以外は、人の声や虫の音も聞こえない。ここからは、いわゆる「夜景」は見えないが、停泊した船の明かり、島と山のシルエットと、遠く裾野にマンションの明かりが広がっているのが見える。
本来は昼間に来るスポットなのだろうが、雑踏を離れ、吹いてくる風を受けながら見る、ちょっと違った香港の夜景も趣きが違って良い。
灣仔
ピークトラムに乗り、ビクトリアピークをあとにする。下り便は大変混雑しており、波打った通路に立つことになったが、後ろに反った体勢で背中側が進行方向になるイスに座るよりは、この方が眺めも良いし快適。
歩き疲れた我々は再び2階建てのトラムで東へ。トラムはネオンが明るく輝く街並の中を進んで行く。夕食を食べる場所を求めて、ネオンが一層と明るい灣仔(ワンジャイ)周辺で降りる。
辺りには数多くの飲食店が見えるが、一方で歩く人はあまり多くない。また、飲食店は外国人(西洋人)相手のバーやパブやクラブが多く、我々の欲求を満たす店はない。それでも東へ東へと歩き、海鮮酒家を見つけて中へ入る。
案内されエレベーターで2階へ。日曜の夜のためか、ほぼ満員の広いフロアー内は家族・親類連れで賑わっている。大きな円卓に2人で座る日本人は、明らかに浮いている。
T朗とメシを食べる時は居酒屋感覚が抜けきれないからだろうか?昨日もそうだったが、どうしてもオーダーし過ぎてしまう。
今夜も「腹イッパイの支払いイッパイ」。チップ込みで500HKドル(約8000円)は食い過ぎ。
店を出て海の方へ歩くいて行くとオフィス街となる。綺麗な高層ビルが続く。
「Excuse me! Excuse me!」
この香港で、我々を英語で呼びとめる女性の声。一体、何者?
振り返ると綺麗な若い女性とその両親らしき3人が立っている。話し掛けて来たのは娘さんの方。どうやら、帰るホテルの場所が解からないらしい。確かに、夜のオフィス街を歩く人はまばらだが、わざわざ我々に道を尋ねるとは・・・。
娘さんは(我々に比べはるかに)流暢な英語を話す。父親はブロークンな英語を、母親は話せない様だ。ここで「解からない」と答えては日本男児の恥。「地球の歩き方」の地図のページを開く。その様子を見て彼女は言った。
「Are you tourist?」
えっ?気がつかなかったの?
彌敦道(ネイザンロード)にいた中央アジア系外国人は、道を歩く多くのアジア人の中から日本人である我々を見分けたが、この中国人家族にはそれが出来なかったらしい。結局、うす暗い街角で日本語の地図を見ながらのブロークンイングリッシュでのやりとりの末、彼らのホテルの場所は解からずじまいであった。
灣仔の埠頭から尖沙咀(チムシャツォイ)行きのスターフェリーに乗り、ホテルへと戻りシャワーで汗を流し、再びホテルを出る。
金巴利道(キンバリー通り)から坂を登り、ホテルの裏を通る諾士佛臺(ナッツフォードテラス)と呼ばれる路地に出る。100m位のこの路地には、バーやパブ、イタリア・ロシア・地中海・タイ・日本などの各国料理店が並び、外国人や香港の若者達が多い。満腹の我々はバーに入り、軽く一杯。
奥に細長い店内には若い人達ばかり。一部の外国人の除けば、恐らく我々が最年長の部類だろう。どう見ても未成年と思しき連中もいるが、香港では18歳から飲酒OKだそうだ。